姉が自死をした翌月
古本屋さんの組合に入っている方々と、
新規入会の方との顔合わせを兼ねて、
温泉旅館へ合宿を行いました。
今回は、その合宿でお逢いし、大いに感動させて頂いた、
とある天才古物商の方との、対話を書きたいと思います。
気持ち的には、今までの人生で、
どん底といっても過言では無かった時期でした。
そのタイミングで、古物商として、
20 年以上商売を営んでおられる、
石村さん (仮)に、
お逢いすることになります。
その際に、石村さんと、
10 分ほどでしたが、お話をさせて頂いたんです。
その短い会話から、放つ言葉が、
秀逸すぎ て、鳥肌が立ったんです。
非常に抽象度の高い視点で、物事を観ている方、
と瞬時に感じることがたんです。
今まで、あまりそういう体験をしたことがなかった ので、
自分がそれに反応したことも、びっくりした事を覚えています。
石村さんには、家で色々あって、
今は商売を休んでいるんですが、
よろしければ、お話を 聞かせて頂けませんかと、
ワラにもすがる思いでお願いしました。
石村さんは、快く引き受けて頂き、
翌日、自宅近くの、喫茶店で、お話をさせて頂いたんです。
石村さんには、
ご自身の生い立ち背景を、数時間掛けてお話頂いたんです。
高校を出てから、とある商品の販売のシゴトに従事し、
その後、その世界で起業。
猛烈にシゴトをして、成功を収め、
調子に乗って遊びまくっていたらしいです。
そこからまた、地道に中古を扱う店を創っていって、
コツコツ、じわじわ事業とし て成⻑させていったという、
一介の古物商の物語でした。
おそらく石村さんの商人人生の最高地点である、
とある大会社との取引の話をして頂いたときは、
本当 に鳥肌が立ちました。
500 坪の倉庫をぶん回して、何十人で、
ひたすらモノを仕入れて、検品して、発送する。
そんな激動の日々を 、50 代は過ごされていたそう なんです。
本人には、俺はもうネットの商売についていけないから、
過去の話を公開するけれども、
昔だったら絶対言わんで、と仰って頂きました。
どのくらい 儲かっていたのかも含めて、
本当に詳しくお話頂きました。
それから事業構想の練り方、
シゴトに向かう姿勢
(何日も寝ずに、集中してシゴトをこなしていく日常)
などを、お話頂きました。
次の世代の一人である僕に、
普遍の真理を託して頂いたんだと思います。
成功者の縮図をその場で聞くことが出来た、
本当に貴重な時間でした。
その中で、特に興味深かった話があります。
シゴトを通して、
色んな人と、意外なトコロで、良い出逢いをした、
という話をして頂いたんです。
ご自身でビデ オレンタル店を創って、
店子をやっていた時代に、
色黑なおっちゃんが、
しょっちゅうタクシーで店に来てたらしいんです。
彼は、いかがわしいビデオばっかり、
借りていたらしいんですが笑
その後仲良くなって、自然に、
そのおっちゃんのシゴトの話になったそうです。
どうやら彼は商社マンとして勤め上げた後、
60 代から、貿易の世界で、ミニ起業をした方だったそうです。
韓国の工場で釣り竿を仕入れて、日本の釣具屋に卸したり。
日本から、フィリピンまで中古の機械を 持って行って、
そこで水産工場をつくって、日本のスーパーに卸したりと。
法人取引の貿易業が主体で、60 代を謳歌していたんだそうです。
こういった話を聞く度に、
シンプルに小規模事業者ってかっこいいなと、そう思うんです。
スポーツ選手ならば、30 代でほぼキャリアを終えて、
ほとんどの方 は、転職をします。
しかし商人の世界は、
70 代でも現役でやってらっしゃる方が、沢山居ます。
⻑いことやればやった分だけ、
経験も顧客も、
協力関係を結ん でくれる同業者も、
銀行に対する信用も、
どんどん積み上がっていくわけです。
本当、奥深い世界だなと思います。
二人で何杯もコーヒーをおかわりしながら、
気を交わし合ったこの時間は、
僕にとってかけがえのない財産になっています。
その後も、何回かお電話を頂きました。
僕のような人間を、かわいがって頂いて、
本当に頭の下がる思いです。
もうどうしていいかわからない、漆黑の闇の中に、
光明を差し込んで頂きました。
法人を創ったきっかけは、
紛れもなく石村さんに、知恵と勇気を頂いたお陰です!
有り難う御座います!
この場を借りて、感謝申し上げます!
ご一読頂き有り難う御座いました!
次回は、
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